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ふとした疑問

 投稿者:左刀(管理人)  投稿日:2008年 1月31日(木)22時20分51秒
返信・引用
   忘年会やら送別会に人が集まるより、稽古に人が集まってくれた方が嬉しい左刀です。

 日曜日は最後の稽古にやってきたへーたいさん壱號にちょっかいを出し、苦悩する学生どもを見てニヤリとしつつ、久しぶりに刀を振る事に苦戦しつつ稽古。
 月曜日は、両下腕に筋肉痛を感じつつ1日を過ごす。
 火曜日、下でチラッと師匠が触れたが、ある技の相手の位置についての疑問が沸き、不安から一人で抱きこめず、師匠の意見を求める。
お陰で一応の解決を見たのだが、家に帰ってからまた別の疑問が沸いた。
 後期講習で誰か先生にでも聞きに・・・行きたい所だが申しこまなっかったので次の機会を待つとしよう・・・。

 そういえば、ココののみんなって素直なのか、聞いたってどうせ解らんだろうと思われているのか、あまり質問をされた事が無いような気がするが、どうなんだろう。
 くだらないと思う事でも聞いて見た方が良いと思いますよ?
応えられるかどうかは責任負いませんが・・・(逃)
 

真の静

 投稿者:崩四郎  投稿日:2008年 1月31日(木)20時40分19秒
返信・引用 編集済
  火曜日の道場は左刀氏と私だけ。途中僅かの居合談義など行なうが終始黙々と稽古。終了前の数分であったが、静かな道場で聞こえるのはストーブのファンの音のみ。なぜかこの音が心地よくなりしばし陶酔・・・。

 静かな道場で一人きりで稽古するのは真に気持ちのいいものである。私は雨の夜の道場、夏の昼下がりの道場などが好きである。雨音、遠くで遊んでいる子供の声、自然の音などが心地いい。
種々の騒音から遮断され居合に集中でき妙な快感にとらわれる。雪の夜などはさらなり・・・。
こんな日の稽古を終えた後は満足感に浸り、なにか精神的な進歩があったように感じることがあった。

しかし、最近これらのことがただの自己満足であり、精神的な進歩かなと思っていたのは錯覚に過ぎないことに気付かされた。

中国の菜根譚という書物にこんなことが書いてあった。

静中静非真静
動処静得来、纔是性天之真境
楽処楽非真楽
苦中楽得来、纔見心体之真機

静中の静は真の静に非ず。
動処に静を得(え)来たりて、纔(わずか)に是れ性天の真境なり。
楽処の楽は真の楽に非ず。
苦中に楽を得来たりて、纔に心体の真機を見る。

静寂な環境で感じる物静かな心は本物の静かな心ではない。
雑踏や目まぐるしさの中ででも静寂な心を得られてこそ、それが本当の静の境地なのだ。

歓楽の環境で感じられる楽しみは本物の楽しみではない。
苦境の中でも楽しみの心を得られてこそ、真の精神の働きを見ることができるのだ。


 稽古中に雑音、騒音があると集中できず静かな環境を求めたり、雑音、騒音の発生源に対しイライラしていたが、御門違いもはなはだしいようだ。
責めるべきはそのような環境の中で集中できない己であった。

どうりで○長の異常にデカイ電話の声でいつも仕事にも集中できないわけだ・・・。
 
    (左刀 (;¬_¬)  これはワタクシも耳の痛いお話です。
普段、重機やら何やらうるさいんだけどな・・・
 

へーたいさん壱號栄転記念?

 投稿者:左刀(管理人)  投稿日:2008年 1月27日(日)23時59分53秒
返信・引用
   ようやくまともに雪が降って冬らしい景色になって来たと思う一方、雪かきがとても嫌いな左刀です。
 金曜のへーたいさん1号送別会は急な話でどうかと思いましたが、相当数の参加をいただきありがとうございましたm(__)m
本人も多分喜んでくれたと思います。
 地元がこちらだから、たまに帰って来るとは思いますが、一緒に稽古する事は芝あく無いでしょう。
転勤先でも是非居合を続け、公私ともどもパワーアップしてきて欲しいものです。

写真/送別会2次会”輝け第3回(非公認)根室剣道連盟居合道部会ボーリング大会”より
 

流氷はまだですか?

 投稿者:長崎管理人  投稿日:2008年 1月26日(土)19時36分19秒
返信・引用
  先ほど、北海道網走に例年より6日早く流氷が流れ着いたということがインターネットででていましたが、本当に寒いのですね。根室の方ももうすぐですか?  
    (左刀 ( ̄ー ̄)  根室への流氷は、知床半島と北方四島に阻まれているので、まだまだ流れ着いては来ないでしょう。
ただ、今年はやはり寒いのか、立派な蓮氷が張っていますね。
 

確認

 投稿者:左刀(管理人)  投稿日:2008年 1月24日(木)21時33分36秒
返信・引用
   ようやく芭蕉の呪縛から解き放たれ、火曜日は1週間ぶりに稽古できると、イソイソと支度をしたが、ちょっと早かったのでソファーに座っているうちに"オチた"左刀です。
(ちなみに、昨日はパソコン立ち上げ中に"オチた")

 そんな忙しい中、今月いっぱいで転勤すると言うへーたいさん1号の話を、2号の連絡で思い出し、急遽送別会など開きます。
各位に連絡したはずですが、今現在ワタクシ非常に忙しく確認している暇がありません。
などでここに書いておきますので各自ご確認ください。

日時:1月25日(明日)19:00〜

場所:壱炉


以上、じゃあ雪かき行ってきまーす(泣)
 

(--;)ワタクシの眼はつむりっぱなし

 投稿者:左刀  投稿日:2008年 1月15日(火)23時36分49秒
返信・引用
   学生時代、まともに校歌なんて歌った事無いのに、この歳になって熱唱している左刀です。
  最近床に足をつきたくないので、座技中心の稽古なのだが、そのお陰か抜き付けに関して開眼出来そう・・・な気がする。
たまに何が良いのかがわからないが、"斬った"っという気になるのである。
  多分この調子で続けていけば開眼出来るのかもしれないが・・・寒いから続けていけるのかは疑問である・・・(--;)

 皆様はこんな気になった事ありませんか?
 

後期講習会

 投稿者:子連れ狼  投稿日:2008年 1月14日(月)10時55分0秒
返信・引用
  ご連絡遅れて申し訳ありません。


左刀さんの書き込みに続き詳細をお知らせいたします。


後期講習会・審査会
2月9日〜10日

北海道立総合体育センター
受付は両日とも9時0分〜

受講料は先の書き込みのとおり2500円です。
昇段審査を受けられる方は別途審査・登録料が必要ですので私までお問い合わせください。
その場合は9日からの受講が必須となりますのでご注意願います。


根室締切は1月23日ですので、連絡お願いいたします。
 

後期講習会及び審査会について

 投稿者:左刀  投稿日:2008年 1月11日(金)22時48分53秒
返信・引用
   忙しいので用件だけ。

  申込みは 1月23日(水) まで、幹事長まで。

  受講料 ¥2500−

  受審・・・する人、いないと思ったけど、いたらそちらも幹事長までお願いします。

  芭蕉同窓会って、結構忙しいのね・・・(--;)ツカレタ
 

去年今年(こぞことし)

 投稿者:崩四郎  投稿日:2008年 1月 8日(火)00時45分17秒
返信・引用 編集済
  去年今年貫く棒の如きもの   虚子

なんだか波乱の一年を予感させる正月であった。 厄年でもあるのだが。

まず初詣で引いた御神籤・・・。  小吉と出た、まあこれは良しとして。
「○難殊に気をつけるべし。」その裏には「△事慎むべし」と書かれていた。
会長の奥さんが大ウケ!

次は・・・。所用があり4日5日と旭川市に滞在予定であった。毎年楽しみにしているイベントがある。3日の夜から出かけ、4日は無事予定を終えた。風呂でも入ってのんびりくつろごうかと思っていると携帯が鳴った。着信番号を見た瞬間「うわ〜!」顧○からだ・・・。というのはこの休業の期間に私の所にかかってくる電話内容はク○ームでしかない。電話でのやりとりを終えると、程なく会社から明日出社せよとの命令。すぐに根室に向かう。
ク○ームの内容から「なんで俺が〜」と言う気持ちが沸いてくるが、運転しながらこんなことを考える。
以前ある先生が三本目受け流しの話をしていた。「人生の中で何で俺が責任取らなくちゃならないんだ!という場面が必ずある。正にそれは三本目の謂れの無い攻撃だ。しっかり受け流し、しかるべき業を返し勝つ。こういう風に居合を人生に生かさなければならない。」
これを聞いた私は本部会員にも偉そうに受け売りの内容を得意げに話していたのを思い出す。
今の自分の気持ちを省みるに、私なんぞ受け流しの意義を僅かなりとも体得していないことを自覚し恥じ入った次第。5日6日と対応に追われ、平成二十年の正月は終わったのであった。返し業はおろか受け流しも出来ずメッタ斬りされた崩四郎です・・・。


ところで冒頭の句、いつぞや国語の教科書に出てきたのであるが妙に記憶に残っており年末年始に必ず頭に浮かぶのである。
解釈は色々あるが虚子の孫娘である稲畑汀子が祖父のこの句について述べた文章をネット上で見つけたのでちょっと拝借し紹介します。「貫く棒の如きもの」とは、人間がいかに区切ろうとも断つことのできぬ時間の連続性と解釈されるのが一般的らしい・・・。


以下、ネットで紹介されていた稲畑汀子の文章

子どものころは、一年がもっと長かったように思うが、最近は、年のたつのがずいぶん早いように感じる。ここ数年、年末からお正月にかけて静かにものを考える時間に恵まれると、私の思いは、どうも過ぎていく時間にとらわれてしまうようだ。そんな場合、心の中で私が向き合っているのは冒頭の祖父の句である。

 去年、今年といっても何も変わったわけでもない。ただいつもとおなじ時間の経過があっただけなのに、人は連続した時間に区切りをつけて新しい意味をもたせる。しかし、いくら区切ってみてもそれは棒の如きもので貫かれた断つことの出来ない時間である。このようにずばりといわれると、普段、仕事に追われて惰性で時を過ごしている私は、はっと胸をつかれるのである。(中略)

 人は、時間の中を旅する旅人であるが、旅人にとって、体験する時間は決して均質に経過するものではない。意味ある時間を多く過ごした人ほど、より善く、より長く生きてきたことになるのではなかろうか。時間という旅人と、その中を旅する人の出会いは、まさに一期一会である。

  わが果てぬ旅路なるべし去年今年  汀子
 

今年の目標?

 投稿者:左刀(管理人)  投稿日:2008年 1月 7日(月)00時14分18秒
返信・引用
   本日改めてここを見る人は、会員よりもそれ以外の方々のほうがよほど見ていてくれる事が良く分かった事象が2件あったので、多少のショックを隠しきれない左刀です。(頼むよまったく・・・)

 まぁ、いいや。
今日も少ない人数で細々とか・・・なんて思ってたら、途中でバタバタと何人かがやってきた。
本年初見の方もいたので新年のご挨拶などしつつ稽古。

 実は密かに今年はと思っていた事がある。
それは”今年はできるだけ教えないようにしよう”と、思ってたのである。

 ”面倒くさいから”とか”ケチだから”ではなく。
ワタクシは答えを教えすぎているのではないかと最近思うようになった。
 学校とかでも、”答えをすぐ教えると生徒が考えなくなる”って言うので、これからはなるべく教えないように努力します?

・・・でも本日既に答えをひとつ言っちゃった人がいます(-_-;)
 

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