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脱北医師が亡命して驚いた、共産主義を礼賛する韓国左派の無邪気(李 泰炅:北送在日同胞協会会長)

 投稿者:遊撃素浪人メール  投稿日:2021年 6月18日(金)09時18分7秒
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    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65688  2021.6.17[JBpress]より転載

※1回目「『地上の楽園』北朝鮮に渡った在日朝鮮人が語る辛苦」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64819

※2回目「脱北した在日朝鮮人医師が体験した脱出劇のリアル」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65006

※3回目「ミャンマーで投獄された脱北者の私が自由を取り戻すまで」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65372

  これまで3回にわたって、日本と北朝鮮、韓国を渡り歩いた波瀾万丈の人生を書いた。
北朝鮮帰還事業の被害者である一人の人間の生き様に、多くの方が関心を持って読んで下さったこと、本当にありがたく思っている。

  私は大韓民国に入国して11年になる。日本で9年、北朝鮮で46年暮らし、ミャンマーの監獄で3年暮らした。
私の69年の人生の中で、韓国で生活した11年は、それまでの58年間とは比べ物にならない重さがある。
充実した人生を送っていると言っても過言ではない。

  15年前に脱北し、日本に定住している友人のイ・サンボン氏とは、よく電話で連絡を取りながら情報を共有している。
そんな彼が、「韓国に来て一番嬉しいことは何か」と私に聞いてきたことがある。

  それに対して、私は自分の考えを気楽に話すことができる「言論の自由」だと答えた。
そして、「ごく普通に食べることができ、どこで何を話しても心配することなく、
交通事情も良い。

自由があり、生命権が保証されている暮らしは素晴らしく、良い点を挙げれば切りがない」と続けた。

  イ・サンボンは、歳月が流れ、もう少し年を取ったら両親の故郷である韓国で暮らしたいと言った。
韓国に定住している北宋在日同胞の人生についても知りたがっていた。

  年を取ったらより住み良い所で暮らしたいらしい。そんな彼のために、私は韓国に定住することになった過程を話し、韓国と日本の脱北者の
人生を比較した。

  脱北者が韓国に入国するとどうなるのか、改めて書いてみよう。
韓国に入国した脱北者がまずやること 韓国に入国した脱北者は、中央合同新聞センターで、徹底して隔離された状態で身元を調査される。

調査人数にもよるが、1~2か月間待機し、3~4日の尋問を受ける。そして、脱北者の身元が確認されると、統一部傘下の「ハナ院」に入所する。

 ハナ院は、脱北者が自由民主主義国の韓国で生活するために必要な、政治、経済、文化などさまざまことを学ぶ教育機関である。
12週間かけて社会適応、職業訓練、健康管理や医療支援といった初期定着支援を受ける。

これは、すべての脱北者が必ず通る過程である。この12週間の教育が終わると住民登録証が交付され、大韓民国国民の地位を取得する。

一方、日本に入国した北送在日同胞の脱北者は臨時の在留カードで韓国国情院に来る。

身元確認が必要な場合は、3年期限の在留カード(外国人登録証)を所持することができ、3年後に再び5年期限の在留カードを発給してもらう。

日本では外国人登録証を所持する外国人として暮らすことになる。

韓国に定着した脱北者はハナ院で教育を受け、卒業後は賃貸マンションに住む。

  北朝鮮離脱住民支援法によって、基本支援金800万ウォン(約78万円)と、住居支援金として賃貸マンションの保証金1600万ウォン
(約157万円)が支給される。

また、無料職業訓練や塾に通って500時間以上の就職訓練を受けると、訓練奨励金120万ウォン(約11万円)が追加で支給される。

就職後3年目には就職奨励金650万ウォン(約64万円)が支給されるし、36歳未満の若者は大学に入学すると授業料が免除される。

私は1日が十年のように感じられる子供時代が過ぎ、1年が1日のように速く流れる初老になった。

今さら就職はできないし、大学にも通えない年齢になった今、人生に弾みをつけるものがあるとしたら福祉である。

福祉館に行けば、週1回、無料でスマートフォンや歌、美術、エアロビクス、卓球、バドミントン、日本語、歴史などを学ぶことができる。

北朝鮮に含まれる地域を管轄する以北五道庁も脱北者への無料教育を行っている。

 脱北者のレベルに合わせた教会もある。脱北による家族や親戚との別れ、虫けらのように扱われる脱北の過程では、寂しさや精神的苦痛も
相まってうつ病になる人が少なくない。

だが、韓国で趣味を楽しんだり、福祉館などで社会的関係を形成したりすることが、うつ病の克服に大いに役立っている。

日本ではなく韓国に行った理由

私は1960年に、朝鮮労働党と朝鮮総連の手先が標榜した「地上楽園」という詐欺によって北朝鮮に送還され、金氏王のために人生を搾取された。

「地上の楽園」という言葉は、希代の詐欺師が純真な人々を騙した宣伝用語だと感じている。

「地上の楽園」という言葉を聞くと、獣のように騙されて生きていた昔を思い出し、嗚咽してもがき苦しむが、今の生活こそ「真の地上の楽園」
だと思うし、騙されてきた過去を悔しく思う。「地上の楽園」は確かに実在していたのだ。

これまでの記事を読んだ読者から、「北朝鮮送還後、一度も忘れることのできなかった心の故郷は日本と言っていたが、なぜ韓国に行ったのか」
という質問があった。

子供の頃、日本ではキャンディーなどのお菓子がありふれていたが、北朝鮮では特別な日にしか食べることができなかった。

雨が降ってもレインコートはなく、大学でも軍隊でも、金日成主席と金正日指導者同志の配慮だと欺かれた。

全国で停電が起き、自由と人権がなく飢えているのに「暮らしやすく幸せな朝鮮人民」「幸福を持って生まれた人民」と平気で嘘をつく。

  良いものは一つもないのに「金日成万歳」と声高に叫ぶ。
人民たちの生活が苦しいのは「米帝と南朝鮮傀儡徒党」による経済制裁と戦争準備のためだという。

  このような46年の北朝鮮生活で不満、不平が積もり、脱北を決意するに至った。
脱北したら当然日本に行こうと考えていた。日本は私にとって幸せの象徴だったからだ。

  私は脱北前には黄海道に住んでいた。タイに行けば難民認定を受けられ、希望する国に行けることを知らなかった。
中国内陸に行けば、日本の難民救援基金という団体の助けで、日本に行くことができることも知らなかった。

ラジオで聞いた脱北経路は、中国で教会を訪れて希望する国に行くというものだった。ブローカーの案内で日本大使館に行かなければならないと聞いた。

私は脱北後、瀋陽の民宿の主人の紹介で北京のブローカーを訪ねたが、韓国にいる従兄から送金されるまで、送ってくれる様子はなかった。

  脱北とそのルート、何も知らない私の体と魂は泥棒のような中国のブローカーのいいなりで、日本に送ってくれる様子もなかった。
そして、1000ドルを受け取ったブローカーはコスパのいい脱北ルートだと言って私をミャンマーに送った。

  そこで、「不法入国罪」で3年間、刑務所で暮らさなければならなかった。
46年間、北朝鮮で奴隷生活を送った後、ミャンマーの北部監獄で虫けらのような生活を送った私は意識が不明瞭になった。

北朝鮮にいた時、日本は脱北者を受け入れず、多くの脱北者は韓国で定住していると聞いていた。要するに、日本が北送在日同胞を受け入れている
ことを知らなかったのだ。私は行き先を大韓民国に変えて3年後、韓国に入国した。

北朝鮮に近づきつつある韓国

  何年か過ぎて自由民主主義に適応し、多くのことを学んだ。日本と違って脱北者の定着を支援する法があり、恩恵を受けている。
私は言葉の通じる韓国に来てよかったと安堵した。

  私は李明博元大統領の時代に入国し、朴槿恵前大統領の当選と弾劾、ろうそく革命と文在寅大統領政権を経験した。
そして、右派の政治は資本主義、左派の政治は社会主義という韓国の現状に困惑している。

  2018年11月、ソウルの光化門世宗文化会館前で、「金正恩国務委員長のソウル訪問を歓迎する白頭称賛委員会結成宣言」の記者会見が行われた。

「偉人称賛歓迎団」と「白頭守護隊」が続けざまに発足し、白昼、団長のキム・スグンは「私は共産党が好きだ」と叫んだ。

1848年に「共産党宣言」が出されて以来、共産主義の蛮行によって朝鮮半島は同族間の抗争で多大なる打撃を受けた。

にもかかわらず、彼らはいまだに共産党をたたえている。その姿は、まるで北朝鮮の平壌市親衛隊を見ているようだった。

  また、韓国では従北団体を中心に「国家保安法廃止国民行動」が発足し、10万人の国民同意の請願が活発に動いている。
あちらこちらに金正恩を称賛する映像と壁新聞が堂々と配されている。

  ある市民は「(北朝鮮に批判的な脱北国会議員の)テ・ヨンホ、(民主主義活動家の)パク・サンハク逮捕決死隊監獄行き」という団体を作った。
あらゆる面で北朝鮮に近づいている。

  任鍾晳(イム・ジョンソク)や李仁用(イ・インヨン)など「主体思想派」「従北勢力」で構成されている大統領府と左派国会は、
パンを作るかのように法律を作り出している。

最近、金正恩政権を批判するビラを撒いた「自由北韓運動連合」代表のパク・サンハクに南北関係発展法を適用した。

北朝鮮の独裁政治にどんどん似てきている。
  私は北朝鮮の独裁と弾圧の中で生きてきた一人として、再び奴隷のような北朝鮮生活をするのではないかと心配している。

  左派の存在は容認するが、「主体思想派」と「従北勢力」には断固として反対する。左派が言う自由と平等、公正と正義、平和と統一の
すべてが偽善で、マルクス理論のような虚しい理論だということを、私は身をもって知っている。

  北朝鮮の真の姿を伝えるために私は最近、「地上の楽園」という無限の幸福を感じる一方で、社会主義と独裁、偽善と偽りという
諸刃の剣の前に立っているような気分になる。

今日は幸せだが、明日も幸せになる保証はない。私は私が経験した社会主義、地上の楽園という北朝鮮の真の姿を見せるために努力している。

多くの人が、北朝鮮の悪徳政治でありとあらゆる苦痛を経験した。私の苦痛は数多い苦痛の中の一部に過ぎないと認識してほしい。

疑わしいとか、信用できないというなら、一度でも北朝鮮に行って暮らしてみるといい。

それでも「私は共産党が好き」「主体思想が良い」という言葉が出るだろうか。


 
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